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JEWEL

JEWEL

蒼穹ノ旗 一

1869(明治二)年5月、箱館。

鳥羽・伏見の戦いから始まった戊辰戦争―旧幕府軍と新政府軍との戦いは、終わりを迎えようとしていた。
「土方さん、大変だ!弁天台場が、敵に包囲された!」
元新選組副長・土方歳三は、部下達を連れて五稜郭から弁天台場へと向かった。
しかし、一発の銃弾が彼の身体を貫いた。
「土方さん!」
土方と共に馬に乗っていた千鶴は、落馬した直後でありながらも、彼を人気のない場所へと連れて行った。
同じ頃、一人の少年が倒れた男を必死に引き摺っていった。
「先生・・しっかりして下さい!」
「ポッター、お前だけでも逃げろ・・」
「嫌だ!」
「我輩は、どうせ長くない。だが、貴様はここで死ぬべきではない。」
セブルス=スネイプは、そっと最愛の人と同じエメラルドの瞳をした少年―ハリーの頬を撫でた。
その間にも、マグルに撃たれた胸からドクドクと血が流れている。
「僕が、絶対にあなたを死なせはしない。」
ハリーはそう呟くと、持っていた脇差で己の手首を傷つけると、その血をスネイプに飲ませた。
ハリーがスネイプの呼吸を確めると、刀と共に腰に差していた杖を取り出し、その場から“姿くらまし”した。
「ハリー!」
「ハーマイオニー、早くこの人の手当てを・・」
そう言ったハリーは、気を失った。
「ハリー、しっかりして!」
自分に呼び掛ける友の声が、徐々に遠くなった。
「寒い・・」
「ねぇロン、本当にこの道で合っているの?」
「確かに、この辺りなんだけどな・・」
ハリー、ロン、ハーマイオニーの三人は、ホグワーツ魔法魔術学校の修学旅行で京都に来ていた。
魔法界の京都には、烏天狗や妖狐などの日本固有の妖怪で溢れていた。
三人は魔法界の京都を満喫した後、マグル界の京都で人気の和菓子屋へと向かっていた。
しかし、いくら歩いても、三人は目的地に辿り着く事が出来なかった。
「どうなっているんだ?」
「お前達、そこで何をしている?」
三人が同じ道を何度も歩いていると、そこへセブルス=スネイプが現れた。
「先生も道に迷ったんですか?」
「漢方薬を扱う店を探していたら、お前達に会っただけだ。」
スネイプはそう言った後、気まずそうに咳払いした。
「お前達、マグルの前では・・」
「“決して魔法を使ってはいけない”でしょう?でも、非常事態が発生した時は例外ですよね、先生。」
「さよう。」
スネイプは、杖を取り出すとハーマイオニーの背後に迫って来ている白髪の化物に向けて失神呪文を放った。
「ねぇ、あれ何なの!?」
「僕達にもわからないよ!取り敢えず今は安全な場所へ逃げよう!」
白髪の化物に向かってハリーは守護霊の呪文を放ったが、それは化物には効かなかった。
「ポッター、危ない!」
スネイプは白髪の化物に襲われそうになっているハリーを助けようとしたが、間に合わなかった。
白髪の化物がハリーに牙を剥こうとした時、刃がその身体を貫いた。
「あ~あ、はじめ君、そいつ僕が殺そうと思ったのに、仕事早いよね。」
「俺は己の務めを果たしているだけだ。」
突然自分達の前に現れた二人の青年からハリーを守ろうと、スネイプは彼に覆い被さった。
「ねぇ、もしかしたらこの人達、羅刹を見ちゃったんじゃないの?」
青年の一人は、そう言うとロンとハーマイオニーに刃を向けた。
「ねぇ、殺しちゃいましょうよ。」
「止せ、総司。この者達の事は、副長に任せろ。」
スネイプがハリーと共にその場から逃げようとしたが、背中に刃を突きつけられ、諦めた。
「逃げるなよ、背を向ければ斬る。」
スネイプとハリーがゆっくり背後を振り向くと、そこには艶やかな黒髪をなびかせた男が、アメジストのような美しい紫の瞳で二人を睨んでいた。
「先生ぇ・・俺達、どうなっちゃうのぉ?」
スネイプが我に返ると、ロンが半泣きになりながら自分を見つめていた。
「あんたが、こいつらの保護者か?」
「さよう。」
「悪いが、あんた達をこれから屯所へ連れて行く。ここじゃ、あんた達のような異人達は悪目立ちして、攘夷派の奴らに見つかるのは時間の問題だからな。」
「わかった。」
「ロン、しっかりして、泣いても何も解決しないでしょう!」
泣きじゃくるロンを立たせたハーマイオニーの姿を見た後スネイプはそっとハリーの手を取った。
「案ずるな、ポッター、我輩は必ずお前を守る。」
「先生・・」

ゆらりと、黒い人影がハリー達の背後を通り過ぎた。

「道に迷っていたら、羅刹に襲われたと?」
「そうです。」
「あの、僕達はどうなるんですか?」
「それは明日に決める。」
謎の化物に襲われた後、ハリー達はその場に居合わせた数人の男達に連れられ、彼らが“トンショ”と呼ぶ建物へと入った。
ハリー達の前には、黒髪の男と、眼鏡を掛けている男と、柔和な顔立ちをした男が座っていた。
「おいトシ、そんなに睨むな。子供達が怖がっているだろう?」
「そんな事言われてもなぁ・・」
「自己紹介が遅れたな。俺は新選組局長・近藤勇、それで俺の隣に座っているのは新選組副長・土方歳三。それと・・」
「わたしは新選組総長・山南敬助と申します。」
眼鏡を掛けた男は、そう言ってハリー達に微笑んだ。
「さてと、今夜は色々あって疲れたようですし、皆さんどうぞお部屋で休んで下さい。」
「わかりました。」
その日の夜、ハリー達は土方に用意された部屋で休む事にした。
「うわぁ、床に直接寝るなんて、一度もやった事がないや!」
「ロン、早く寝ましょう!」
「うん・・」
「二人共、お休み。」
「お休み、ハリー。」
ロンとハーマイオニーが部屋の襖を閉めた後、ハリーは布団の中に入って泥のように眠った。
―あいつを殺せ!あいつは化物だ!
紅蓮の炎に包まれた森の中を、ハリーは必死に走っていた。
その小さな胸には、一振りの脇差があった。
“ハリー、これを持って逃げなさい!”
“母さん達はどうするの?”
“何も心配するな、ハリー。大丈夫だ。”

それが、両親を見た最後の姿だった。

ハリー達が住んでいた集落は、突然やって来た人間達によって滅ぼされた。
父と母の消息は、未だにわかっていない。

―殺せ、こいつは化物だ!

はじめて自分が普通の人間とは違うと感じたのは、ハリーが七つの時だった。
両親が失踪し、彼は母方の親族に引き取られたが、そこでは毎日虐待を受けていた。
だが、その傷はすぐに塞がった。
彼らはそんなハリーを気味悪がり、蔑ろにした。
十一の時、ハリーに転機が訪れた。
ホグワーツ魔法魔術学校に入学し、自分が魔法使いであるという事を知ったのだ。
ホグワーツでの生活は、親族宅で過ごすそれとは違い、快適だった。
ハリーにとって、ホグワーツは“家”そのものだった。
(ヘドウィグ、元気かなぁ?)
何度も寝返りを打ちながら、ハリーはホグワーツのふくろう小屋に居るヘドウィグの事を想った。
「眠れないのか?」
「すいません、起こしちゃって・・」
「いや、我輩も丁度眠れなかった所だ。これから、我々がどうなるのか・・」
「これから、どうなるのでしょう?あの人達は僕達を、悪いようにはしない筈です。」
「そうだな。それよりもポッター、お前何か我輩に何か隠している事はないか?」
「いや、少し昔の事を思い出してな・・」
スネイプはそう言った後、ハリーに学生時代にあった“ある出来事”を話し始めた。
それは、魔法薬学の授業の時に起きた。
「今日は、“真実薬”を作ろう。」
スネイプはその日、いつものようにリリーと薬を作っていた。
問題が起きたのは、そろそろ授業が終わろうとしている頃だった。
「危ない、セブ!」
リリーは、大釜の中にあった液体を右腕に被って火傷してしまった。
「早く、エバンスを医務室へ!」
「リリー、大丈夫か?」
「ええ。」
リリーを医務室へ連れて行ったスネイプは、彼女が火傷した右腕の傷が塞がっている事に気づいた。
「リリー・・」
「セブ、わたしね・・」
リリーからスネイプが聞いた話は、俄かに信じ難いものだった。
彼女の一族は、中世の頃から続く吸血鬼の末裔だというのだ。
「でもリリー、君はマグル生まれじゃないか?」
「“先祖返り”っていうのかしら?わたしだけにその能力と血が受け継がれて・・」
「そうか。」
「ねぇセブ、これからもわたしと友達で居てくれる?」
「あぁ、勿論さ。」
「そんな事が・・」
スネイプからそんな話を聞いたハリーは、驚きの余り絶句した。
「どうして、先生は僕にそんな話をするんですか?」
「あの時、リリーはこうも言っていた。“もしかしたら、自分の能力と血が自分の子に受け継がれるかもしれない”と。」
「そういえば、僕も普通の人間より傷の治りが早いんです。その所為で叔母さん達から気味悪がられちゃって・・」
「そうか。」
「ロンとハーマイオニーは、この事を知っています。あと、ダンブルドア先生も。」
「あの白髪の化物は、リリーが以前言っていたものと同じものだったな。確か、ああいった化物は、“人工的”に作られるとか・・」
「“人工的”に化物を作るなんて、そんな事があるんですか?」
「一度、ニコラス=フラメルが持っていた“賢者の石”―それと似たようなものを作り・・」
スネイプがそう言った時、外から大きな物音がした。
「先生、今のは一体・・」
スネイプが襖を少し開けて外の様子を伺ったが、そこには誰も居なかった。
(気の所為か・・)
「先生?」
「気の所為だ、早く寝ろ。」
「はい・・」
スネイプが襖を閉めた後、山南は隠れていた中庭を後にして、ある場所へと向かった。
そこは、脱走した隊士達を監禁し、“実験”を行う場所だった。
蝋燭の仄かな灯りに照らされ、両手足を鉄枷で拘束された化物が、赤く光る目で山南を見た。
「食事の時間ですよ。」
「血を・・血をくれぇ!」
「喉が渇いて死にそうだぁっ!」
「そんなに慌てなくても、皆さんの分はありますよ。」
山南はそう言って笑いながら、懐からある物を取り出した。
それは、硝子壜の中に入った真紅の液体だった。
「また、失敗ですか・・色々と改良しなくてはいけませんね。」

山南は溜息を吐くと、そのままその場所から去った。
その中は、不気味な静寂に包まれていた。

ひょんな事から幕末にタイムスリップし、化物に襲われ、新選組に保護されてから一夜明け、ハリーは眠い目を擦り、強張った筋肉を軽く伸ばした。
「おはよう、ハリー。」
「おはよう。」
朝食の為、大広間に入ったハリーは、そこで眠そうな顔をしているロンとハーマイオニーに会った。
「二人共、良く眠れた?」
「全身が痛くて眠れなかったよ。」
そう言ったロンの顔には、畳の跡がついていた。
「あれ、スネイプ先生は?」
「おはよう、諸君。」
大広間にやって来たのは、黒の着流しに白い襷を掛けたスネイプだった。
「せ、先生、その格好!?」
「どうしたんですか?」
「何もする事が無いから、炊事を手伝ったのだ。」
「そうですか・・」
「てめぇら全員、揃ったな?」
歳三はそう言うと、じっとハリーを見た。
「あの、僕に何か用ですか?」
「いや・・」
「土方君、大変です!」
「どうした?」
「蔵に監禁していた羅刹が逃げ出しました!」
「何だと!?」
山南と歳三は、大広間から出て行った。
「どうしたんだ?」
「さぁね。」
二人はそのまま、大広間に戻って来なかった。
「ねぇ、さっき二人が言っていた“ラセツ”という奴って、何なの?」
「それは、わからないな。」
「余り深入りしない方がいいかもしれないわ。」
「そうだね。」
ハリー達がそんな事を言いながら厨で洗い物をしていると、そこへ歳三がやって来た。
「ハリー、来てくれ。」
「は、はい・・」
(何だろう・・)
ハリーが歳三と共に向かったのは、山南の部屋だった。
「君が、ハリー=ポッター君ですね?」
「あの、僕に何か用ですか?」
「土方君、彼と二人きりにさせて頂けないでしょうか?」
「わかった。」
山南と二人きりになったハリーは、不安そうな表情を浮かべながら彼を見た。
「君は、これが何だかわかりますか?」
山南は、懐から硝子壜を取り出し、それをハリーに見せた。
「これは、“生命の水”・・」
かつて、ロンとハーマイオニー達と共に“賢者の石”探しに奔走した事をハリーは思い出した。
「あなた方の“世界”では、そう呼ばれているのですね。」
山南はそう言うと、笑った。
「あの・・」
「これは、“変若水”・・わたしが、ある実験の為に使っています。」
「実験、ですか?」
「はい。さぁ、こちらへどうぞ。」
山南に連れられてハリーが向かったのは、屯所から少し離れた蔵だった。
そこは暗く、不気味だった。
「ここは・・」
「ここは、蔵です。」
奥から、獣が吼えているかのような声が聞こえて来た。
「あの、どうして僕をここへ連れて来たのですか?」
「昨夜、あなたとスネイプさんの話を聞いてしまいましてね・・」
山南は、そう言って暗く淀んだ目でハリーを見た。
「あなたの血を、わたしの実験の為に使わせて頂けないでしょうか?」
「え?」
ハリーは、脇差を手に自分に向かって来る山南に怯え、彼から少し後ずさった。
「スネイプ先生・・」
「どうした、ミス・グレンジャー?何かわたしに言いたい事があるのか?」
「実は・・」
ハーマイオニーが、山南にハリーが連れて行かれた事をスネイプに話すと、彼は厨から飛び出した。
「一体、何を言っているのですか、山南さん?」
「ほんの少しだけでいいのです・・」
山南が脇差を手に、ハリーへと少しずつ迫って来てこようとした時、スネイプが蔵に入って来た。
「エクスペリアームズ!」
スネイプはそう叫んで山南に杖を向けると、彼の手から脇差が飛んでいった。
「ポッター、大丈夫か?」
「は、はい・・」
「どうした、一体何があったんだ!?」
歳三が蔵に入ると、そこにはスネイプの武装解除呪文を受けて失神している山南の姿があった。
「この人、僕を襲おうとした!」
「それは、確かなのか?」
「はい。」
「そうか。ハリー、スネイプ殿はここから出て行ってくれ。後は俺に任せろ。」
「わかりました。」
「怪我は無いか、ポッター?」
「はい・・」
「一体、何があった?」
ハリーは、スネイプに山南と話した事を伝えた。
「そうか。心配するな、ポッター。あの男からは我輩が守ってやる。」
「はい・・」
それから数日経った。
大広間に山南の姿はなかった。
「暑いなぁ。」
「ジャパンの夏がこんなに暑いなんて思わなかったよ。」
ハリー達が新選組に保護されてから、数ヶ月が経った。
今日の茹だるような暑さに、ハリー達はへとへとになっていた。
団扇で顔を扇ぎながら汗を掻いているハリー達の隣で、スネイプは涼しい顔をしていた。
「どうして先生は、そんなに涼しそうな顔をしているんですか?」
「脇の下を紐で締めているだけだ。」
「え、そんなので、汗を掻かなくなるんですか?」
「試してみるといい。」
「はい・・」
ハリーは、道場での稽古の後、蔵へと入ってゆく山南の姿を見かけた。
彼は、少しやつれていた。
「おいハリー、そんな所で何をしているんだ、行くぞ!」
「わかった、すぐ行く!」
(何だか、嫌な予感がするな・・)
その日の夜、一人の芸妓が殺された。
彼女は、全身の血を何者かに吸われ、その肌は老婆のようにしわがれていた。
「厄介な事になっちまったな・・」
「ああ・・」
「これからどうなるんだ?」
「さぁな。」


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